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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1951号 判決

主文

原判決中議院における證人の宣誓及び證言等に關する法律違反被告事件に關する部分を破棄し、同事件に對する公訴を棄却する。

爾餘の部分に對する本件上告を棄却する。

理由

檢事の上告趣意について。

本件公訴事実の要旨は、被告人が本件五十萬圓を日本社會黨に對する寄附として受領しながら本件政令所定の届出を爲さず且つ本件議院委員會における證人として、同黨に對する寄附ではなく自己個人に對する獻金である旨虚僞の證言を爲したと言うのであり、これに對し被告人は右五十萬圓は日本社會黨に對する寄附ではなく同黨書記長乃至は幹部である被告人個人に對する寄附である旨辯疏し、そして、原判決は右主要な爭點に對し所論のごとく先ず右寄附金の贈與者たる業者側の意圖と受贈者側たる被告人の認識との両方面に分け更らにその両方面の各面につきそれぞれ多數の證據を擧示して檢察官の主張するように黨に對する寄附であると認定できるようであるが結局被告人の辯解するように幹部としての個人に對する寄附であると認定するのが相當で、要するに以上認定の業者側の意圖及び被告人の認識に照らし本件金五十萬圓は日本社會黨の右派の有力な指導者若しくは幹部である被告人に對していわゆる同黨左派を除いた日本社會黨の健全な発達に資するために個人的にその處分を一任して供與するという趣旨のもとに授受されたものとし、從って、政黨そのものに對する財政的援助に關する本件政令に違反するものではなく、また、虚僞の證言ともいえないとして被告人に對し無罪の言渡をしたものである。

そして、昭和二二年政令第三二八號には、「国會議員たる構成員を有する政黨の幹事長その他これに準ずる主幹者は、昭和二二年中における當該政黨に對する有力な財政的援助者(中略)の住所及び氏名並びにその援助の金額を、昭和二三年一月一五日までに、當該政黨の主たる事務所の所在地の都道府縣知事に届け出なければならない。前項の規定による届出をせず、又は虚僞の届出をした者は、これを十年以下の懲役又は禁錮に處する云々」と規定して、昭和二一年勅令第一〇一號(政黨、協會其ノ他ノ團體ノ結成ノ禁止等ニ關スル件)第五條第一項の規定に該當する團體中特に国會議員たる構成員を有する政黨に限り、昭和二二年中における當該政黨に對する同條第二項第五號の事項につき特別の届出義務あることを定めている。從って、同政令の届出義務は財政的援助が當該政黨に對する場合、換言すれば、その財政的援助の使用若しくは收益又は處分等を爲す權利が當該政黨に歸屬する場合に限り存在するものであって、その構成員個人のみに歸屬するに過ぎない場合を包含しないこと同勅令就中同第五條が團體の結成を禁止しその内容を公開する立法趣旨であること並びに右政令の規定の明文が「當該政黨に對する」とあるに照し極めて明瞭である。それ故この點に關しこれと同趣旨に出た原判決の説示は正當であって論旨第五點で主張する見解並びにこれを前提とする所論は採るを得ない。されば、被告人が假りに同政令所定の主幹者に該當するとしても、同令所定の届出義務違反たるには、被告人の主觀的認識において、財政的援助が當該政黨に對するものであることを認識していたことを要するものといわねばならぬ。

然るに、この被告人の主觀的認識に關する原判決の説示は、前述のごとく檢察官の主張を排斥して被告人の辯疏した事実、すなわち、原審公判廷における本件寄附金の受領についての認識に關する被告人の供述を原判決擧示の證據及びこれに基く推測事実により真実なりとしてこれを採用した趣旨に過ぎないもので、もとより罪となるべき事実を證據により認定したものでないことは、冒頭で述べた原判決説示の經緯就中原判決が特に證據としてこの點に關する被告人の原審公判廷におるけ供述を引用している事実に照し明らかなところである。そしてかかる被告人の供述を採用すると否とは原審の自由裁量に屬するものであるこというを待たないところである。されば此の點に關する論旨第一の二及び第四の所論は結局原審の自由裁量の非難に歸着するから採用するを得ない。

そして、既に被告人の主觀的認識にして黨に對する寄附金に非ずして個人に對する獻金なりとする以上、假りに寄附者側の意圖が黨に對するものであったとしても、本件政令違反の不成立を妨ぐるものでないから爾餘の第一の一、第二、第三の各論旨はすべて原判決に影響を及ぼさないこと明白であって採るを得ない。

しかし、舊刑訴第四三四條第二項に基き職權を以て調査するに、昭和二二年法律第二二五號議院における證人の宣誓及び證言等に關する法律は、その立法の經過に照し、各議院の国政に關する調査の必要上規定せられた議院内部の手續に關するものである。そして議院における僞證罪等の告発について特に同法第八條本文及び但書のごとき特別の規定を設けた趣旨に徴すれば議院内部の事は、議院の自治問題として取扱い同罪については同條所定の告発を起訴條件としたものと解するを相當とする。然るに本件僞證罪については衆議院又は判示委員會の告発がないこと明らかであるから、同罪に對する公訴は不適法といわねばならぬ。從って、本件僞證罪に對する公訴を受理し、これにつき実體的審理を行い被告人を無罪とした原判決は違法であるというべく、この部分に對する本件上告は、結局その理由あるに歸し、原判決は破棄を免れない。

よって原判決の右部分については、舊刑訴第四四七條、第四五五條、第三六四條第六號に從い、爾餘の部分については、同第四四六條に從い主文のとおり判決する。

右は裁判官真野毅、同岩松三郎の少數意見を除く他の裁判官全員の一致した意見である。

少數意見

裁判官真野毅、同岩松三郎の意見は次のとおりである。

私は、本件は破棄されるべきものと信ずる。左にその理由を述べる。

原判決は冒頭において「昭和二十二年四月十一日頃被告人が鉄道工業株式會社專務取締役飯田清太から、日本建設工業會所屬の株式會社竹中工務店外十數社の土木建築業者が日本自由黨・民主黨及び日本社會黨を援助する目的をもって共同募金した合計金三百五十萬圓の中金五十萬圓を受領した事実」を證據により認定した。

次に(イ)原判決は、業者がいかなる目的をもって共同募金を計畫し又いかなる趣旨のもとに本件五十萬圓を被告人に交付したかすなわち業者側の意圖について、「本件金五十萬圓は竹中工務店をはじめとする土建業者の有志等が昭和二十二年四月二十五日の衆議院議員総選擧に際し、當時の進歩黨、日本自由黨及び日本社會黨の三大政黨の選擧費用を援助するため合計金三百五十萬圓を共同募金し、進歩黨及び日本自由黨には各金百五十萬圓づつを、社會黨には金五十萬圓を、それぞれ寄附する目的で、進歩黨については地崎宇三郎を、日本自由黨については當時の幹事長大野伴睦を、それぞれ黨の代表者としてこれに右百五十萬圓を各手交したのと同様に、社會黨についても當時同黨の書記長であった被告人をその代表者と目し、これに五十萬圓を手交したものであると認定できるようである」と一應認定した。その證據としては、(一)原審證人竹中藤右衛門、(二)同飯田清太の各原審第三回公判調書中の供述記載、(三)深井斌、(四)妹尾一夫(五)本田登に對する檢事の各聽取書を擧げている。

そして、(ロ)「さらに事実を仔細に檢討するに」と言って、「業者が本件金五十萬圓を被告人に交付した意圖は自由黨の大野、進歩黨の地崎に金百五十萬圓づつを交付した場合とはその趣旨を異にし、社會黨の右派のみを援助することが目的であったことから推認すれば、右は社會黨そのものに對し正式に寄附するものではなく、右派の最も有力な指導者でその代表的な幹部であり當時書記長の要職にあった被告人に寄附して被告人の自由な判斷のもとにこれを右派の人々の選擧費用その他の政治資金に充てさせる趣旨のものであり、左派をも含めた社會黨そのものに對し寄附する意圖でなかったことを認めるに充分である」と認定している。この認定には、(一)被告人の原審公廷における供述、(二)原審證人淺沼稻次郎、(三)同森戸辰男、(四)同鈴木義男、(五)同竹中藤右衛門、(六)同清水康雄、(七)同菅原通齋、(八)同宮長平作、(九)同戸田利兵衛、(十)同妹尾一夫、(十一)同本田登、(十二)同田中一の公判調書中の各供述記載、(十三)各黨支持の理由と題する書面を総合證據として掲げている。さて本件昭和二二年政令第三二八號にいわゆる「政黨に對する有力な財政的援助」は、通俗に政黨に對する獻金又は寄附金と一般に呼ばれるものである。(A)この政黨に對する財政的援助は、何等の條件も何等の希望も附けられずに、全く無條件無希望でなされる場合もあれば、また何等かの條件ないし希望附でなされる場合もあり得る。これらの両者の場合がいずれも政黨に對する財政的援助に該當することは、健全な社會常識上疑を容れないところである。例えば、ある学校に對し、缺食兒童のための給食用という條件ないし希望を附けて寄附をしても、又は顕微鏡買入用という條件ないし希望をつけて寄附しても、それはいずれも学校に對する寄附である。また、ある養老院に對し、七十歳以上の老婆の慰安のための費用という條件ないし希望を附けて寄附してもそれは養老院に對する寄附である。同様に、ある政黨に對し、四十歳以下の立候補者のための援助用又は本部新築用という條件ないし希望を附けて寄附しても、また、ある政黨の一部分を除き他の黨員の選擧費用を援助するという條件ないし希望をつけて寄附しても、それはいずれも政黨に對する寄附であるといわなければならぬ。そして、條件ないし希望にも、各具體的の場合に從って、寛厳の差等の度合が色々あるであろう。その厳しい場合には政黨が財政的援助の條件を履踐しないときに、援助者は法律的に該條件の履踐を請求することができたり、又は援助を解除して援助金の返還を請求することもできるであろう。その寛やかな場合には條件ないし希望は、何等法律上の効力を有するものでなく、單に道義的の問題として取扱われるに過ぎないことが多いであろう。そもそも、デモクラシーの起源はギリシャであり、ギリシャ語でデモは人民(市民)、クラシーは統治(支配)することを意味する。このデモクラシーの思想の発祥したギリシャ人の間においては、また競技が教課の真の基本をしていた。同様にまた、近代デモクラシーの代表国家である米国においても、あらゆるスポーツが旺盛を極めている。米国の打ち建てられている基礎は、実にデモクラシーとスポーツマンシップである。それは、結局フエア・プレーの精神が基調をなしているのである。そして、前記政令規定の趣旨もまた同様に、政黨における政治意思の形成に及ぼす物質力の影響を公示・公開(届出及び公衆に縦覽)せしめることによって、国民の批判と判斷の自由の下に、現実政治の公明・正大・健全・明朗すなわちフェア・プレーの精神を実現し、その秘密・隠暗性における交渉取引による政黨政治の腐敗と堕落を防止せんとするにあることは、毫も疑のないところである。言いかえれば、この法規は、政黨の政治資金を規正し、民主政治の健全な運営と発達を圖る高遠な目的を有するもので、憲法による民主政治を保障する一連の重要な裏付規定の一環をなすものである。しかるに若し、條件ないし希望附の政黨に對する寄附は、政黨に對する財政的援助でないと解するならば、前記政令の規定は、寄附に際し何等かの條件ないし希望を附けることによって、いともたやすく踏みにじられ得る結果となる。かような不合理と不都合とは、甚だしく、フェア・プレーの精神に背反し政黨政治のコラプションを防止せんとする法の目的に背馳するものであって到底許さるべきものではない。(B)次にまた別の觀點から見れば、政黨に對する財政的援助は、政黨に對し單純に直接的になされる場合もあれば、また政黨を受益者とし政黨の幹部又はその他の者を受託者として、信託行爲の定めるところに從い信託財産を管理處分せしめる信託的の法律形態又はこれに類似の形式を利用してなされる場合もあり得る。そして、これらの場合は、いずれも政黨に對する財政的援助に該當するものと言わねばならぬ。なぜならば、これらの方法によっても政黨は十分に実質的な財政的援助の利益を受け得るわけであり、かつ若しこれをしも財政的援助でないとすれば、前記政令の規定はこれらの形式を利用することによって、容易に潜脱が行われることとなり、フェア・プレー精神に反し法の目的に背く結果となるからである。

そこで、再び原判決にかえる。原判決は、果してよく前記(A)(B)の二點について十分意識的な認識を持っていたであろうか。また、その認識が十分に判決の文面に表現されたであろうか。私は、これらの點について心中大いなる疑を懐く、否懐かざるを得ない。

第一に原判決は、「業者が本件金五十萬圓を被告人に交付した意圖は……………社會黨の右派のみを援助することが目的であったことから」直ちに「右は社會黨そのものに對し正式に寄附する趣旨のものではない」と「推認」し、この推認から「左派をも含めた社會黨そのものに對し寄附する意圖でなかったことを認めるに十分である」と認定している。しかしながら、「社會黨の右派のみを援助することが目的であったこと」から、即座に社會黨を援助する趣旨のものでないと推認することは甚だしい獨斷である。ここに推理上の違法が明らかに存在する。なぜならば、前掲(A)において述べたごとく、「右派のみを援助する」條件ないし希望附で援助がなされたとしても、それは社會黨に對する援助と認め得られるからである。また前掲(B)において説いたように、「右派のみを援助する」目的の実現を希望するためにかかる條件ないし希望をつけて、當時社會黨の書記長であった被告人に交付し、被告人の適當な判斷のもとに右派を援助する形式によったものであるとしても、社會黨は十分に実質的な財政的援助の利益を享受し得るわけであり、從ってこれを社會黨に對する援助と認め得られる場合が存するからである。さらに、原判決の擧げている證據について少しく檢討をしてみよう。前掲(イ)に述べた「社會黨についても當時同黨の書記長であった被告人をその代表者と目し、これに金五十萬圓を手交したものであると認定できるようである」との事実認定の證據として擧げている前掲(一)ないし(五)の各證據は、いずれも皆全く無條件・無希望で社會黨に對し寄附したと認められる證據ばかりである。次に、前掲(ロ)に述べた事実認定の證據として擧げている前掲(一)ないし(四)の各證據は、いずれも單に社會黨内に左右両派の對立が現存したことを立證しているに過ぎない。(五)の竹中は、「社會黨の左派特に共産黨系の者を除くというわけであった」、「赤(すなわち容共派)を除いた社會黨に金を出した」、「當時西尾は社會黨内で一番有力者で左派はきわめて小さな存在で、その中の一部に赤がいると考えた」、「五十萬圓は社會黨が選擧をするについて、社會黨のために使う金として援助したものである」、「西尾が社會黨の活動のため具體的にこれをいかなる費用に使うかは西尾の判斷にまかせた」、「ただ自分等の希望としては、容共派の人には金を渡して貰いたくないということを述べた」と供述している。(六)の清水は、「社會黨は赤の分子を除いた社會黨を援助する意味であった」、「この五十萬圓は表向きは赤を除いた社會黨えの獻金であるが、実際に考えれば西尾一派を目標にしたのでそれが主軸であるから結局黨に出したということになる」と供述している。(七)の菅原は、政黨に對する献金を「社會黨にも出すことになった」と供述している。(八)の宮長は、「各黨支援の理由は…………赤を除いた社會黨を支援するとの意味である」。「五十萬圓の趣旨は西尾に渡せば赤を除いた人に渡ると思ったので結局…………赤を除いた社會黨に對する献金である」と供述している。さて、これらの(五)ないし(八)の證據によれば、赤(容共派)を除き赤に渡らないという條件ないし希望をつけて社會黨に財政的援助をしたとの認定はできるが、社會黨に對する援助ではないとの認定はできないのである。しかるに、原判決が「右は社會黨そのものに對し正式に寄附する趣旨のものではない、」と認定したのは、單純に無條件・無希望の社會黨に對する寄附だけを黨に對する寄附と速斷し、從って前掲(A)の條件ないし希望つきの寄附は黨に對する寄附にあらずと速斷した推理上の違法に基くものである。さらにまた社會黨に對する直接の寄附だけを黨に對する寄附と速斷し、從って前掲(B)の法律形態又はこれに類似の形式を利用する黨に對する財政的援助は黨に對する援助にあらずと速斷した推理上の違法に基くものであると言わねばならぬ。ましてや前掲(イ)の(一)ないし(五)の各證據は、いずれも社會黨に對する無條件・無希望の寄附を認定するに足るものであり、かつ原判決もこれらの證據によってそのように一應認定できるとしたのである。されば、前掲(A)及び(B)に述べたような黨に對する援助を是認する以上、本件の寄附を被告人個人に對する寄附と認定するがためには的確な證據が要請されるわけである(前掲(ロ)の(一)ないし(八)の各證據はそれに値いしないことは前に述べた)。以上説明したところによって、原判決には推理上の違法が存在することが論證されたと思う。よって、上告は結局理由があるから原判決は破棄差戻さるべきである。(なお、原判決は、被告人が本件寄附を黨に對する寄附でなく被告人個人に對する寄附であると認識している旨を認定しているが、この認定も原審における前述の推理上の違法を前提根據としてはじめて認められたものであることは明白であるから、その違法なることは勿論であって被告人の認識についても前述の推理の見地に立ってさらに再檢討の上認定さるべきものである。最後に、本件僞證罪が親告罪の性質を有する點については、多數意見と考え方を同じくする。)

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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